初めはケトン体が危険かもしれないと思っていた!
北里大学北里研究所病院の糖尿病センター長である山田悟先生のことをご存知の方はきっとたくさんいらっしゃることでしょう。
山田悟先生は「ゆるやかな糖質制限(ロカボ)」で知られているので「糖質制限のやりすぎはやはり良くないのだろう」と思っていらっしゃる方も多いのでは?
じつは山田悟先生は昔は「糖質制限は2型糖尿病患者の食事療法として有効だが、ケトン体は危険かもしれないのでケトン体が増加しない程度のゆるやかな糖質制限が良いのではないか?」と考えていらしたのです。
そして「ケトン体が実は健康に良い効果をもたらすかもしれないと言われ始めているが、根拠となるデータが少ないので今後、もっと研究を行ってほしい」とおっしゃったのが2016年でした。
しかし2021年春、とうとう先生は『脳細胞に対するケトン体の保護作用は確定済み』『ケトン体自体は有害ではないとの心証を得た』『これからは(ごくまれな遺伝子異常がない限りは)「ケトン体産生食もやって構わない」とそれを希望する患者には言えそうだ』と発言なさったのです。
先生はかつて頭ごなしにケトン体を否定なさっていたわけではなく「懸念があるので慎重に研究結果を待ちたい」と考えていらしたわけですね。
かつて糖質制限はダメだと言っていた米国糖尿病学会が、段階的に糖質制限を認めてきたのと似ていますね。日本ではどういう事情があるのか、まだぜんぜんダメですが…
慎重に様子見をしてこられたわけですね。
そう。そしてどうやら心配はいらないらしいということになったわけ。
ケトン体産生食をやってはいけない人はどんな人?
稀ではありますが、ケトン体が増加するようなストイックな糖質制限食や糖尿病薬のSGLT2阻害薬(尿に余分な糖を出して捨ててしまう薬)の使用により、危険な「ケトアシドーシス」という状態に陥ることがあります。
私は7年前に「糖尿病を発症していたことに気づかず放置し、糖質を大量に摂取していてインフルエンザ?がダメ押しとなって糖尿病性ケトアシドーシスを発症」しました。
しかし糖質制限を開始して以降、1度たりともケトアシドーシスになったことはありません。SGLT2阻害薬を飲んでいた時期も大丈夫でした。周囲でもそのような話は聞いたことがありません。
だから多くの方は問題なくケトン体産生食を実践することができると思いますが、山田悟先生は『SCOT欠損症』という稀な遺伝子疾患(肝臓でのケトン体産生は問題ないが、脳をはじめとする肝外臓器、組織がケトン体を利用できず、ケトン体産生が亢進すると血中にケトン体が蓄積してケトアシドーシス発作をきたす病気)について述べていらっしゃいます。
SCOT欠損症は「常染色体劣性遺伝」という形で親から子に伝わります。父親と母親の両方からその遺伝子異常を受け継いで初めて発症するのです。
両親からこの遺伝子を受け継いで生まれたお子さんの半数は赤ちゃんのうちにケトアシドーシスを起こし、残りの子も2歳までに飢餓や感染をきっかけにケトアシドーシスになるそうです。
10歳をすぎるとケトアシドーシスを起こす確率はグッと減り、成人後にケトアシドーシスを起こした例は報告されていないそうです。
ただし、10歳以降であっても、あるいはこの病気を発症していない保因者(遺伝子変異を片親から受け継いでいる人)であっても、ケトン体産生食やSGLT2阻害剤の使用に加えて何らかの環境要因が加わったらケトアシドーシスを起こすのでは…?というのが先生の仮説です。
なお、SCOT欠損症とは別ですが、やはり常染色体劣性遺伝する先天性の病気で「βーケトチオラーゼ欠損症」という病気があります。この病気も肝臓以外の組織でケトン体がうまく利用できません。
先生はこの病気についても同様に「保因者であっても何らかの要因が加わることでケトアシドーシスを起こすのではないか」という仮説を唱えていらっしゃいます。どなたか遺伝子に詳しい研究者が研究してくださるといいですね。
その他、ケトン体産生食が適さない人は?
以上の病気は「肝臓できちんとケトン体が作られていても肝臓以外の臓器、組織がケトン体をうまく使えない」のが問題となります。
他にも「ケトン体を十分に作れない病気」がありますし、何らかの原因で低血糖になりやすい方もいらっしゃいます。
またインスリン自己分泌がほとんどない1型糖尿病患者さんがインスリン注射を打ち忘れたりすると糖尿病性ケトアシドーシスに陥りやすくなります。
インスリンがほとんど作用しなくなると、体は血液中のブドウ糖をエネルギーとして利用できなくなり、異常にケトン体が増加して呼吸による調節(血液が酸性やアルカリ性に傾かないようにする)も間に合わないほど血液が酸性に傾きます。
↑↑↑私が糖尿病性ケトアシドーシスで緊急入院になった時の様子(全編はこちらで無料で読めます)
また手術の前後や感染症にかかっているときなどはインスリンの必要量が増えるため、いつも通りインスリンを注射していてもケトアシドーシスを起こすことがあるそうです。
1型糖尿病でもケトン体が増加するレベルのストイックな糖質制限を行って元気に暮らしている方もいらっしゃるので「1型糖尿病だからケトン体産生食は禁忌」とは言えませんが、慎重になる必要はありそうです。
薬剤を含め、何らかの原因で低血糖になりやすい方はそこそこいらっしゃるかもしれません。そのような方は「ケトン体が増加するようなレベルのストイックな糖質制限」は危険でしょう。
しかし「生まれつきケトン体を作れない」「生まれつきケトン体を利用できない」方はかなり少数だと思われますので、身内にそのような人が誰もいない場合はそこまで心配はいらないでしょうね。
健康な方の血中ケトン体が増えても大丈夫な理由
通常では「尿にはケトン体が検出されず、血液中のケトン体は130μmol/L未満が正常」とされていますが、私はプチ断食で血液中のケトン体が6300μmol/Lにまで増えたことがあります。もちろん、体調はなんともありません。
糖尿病性ケトアシドーシスで入院したときのそれは10000μmol/Lで、呼吸すら苦しいし、病室の脇にあるトイレすら看護師さんの肩を借りないと歩いて行けないし、もう2度と体験したくない苦しみでした。
おそらく…断食や糖質制限ではケトン体が増えると言っても際限なく増えるわけではなく限度があるのと、インスリンがきちんと作用しているので特に何も起こらないのでしょう。
よく「食べ物で血液が酸性に傾きます!」なんて言って健康食品を勧める人がいますが、血液のpH(酸性やアルカリ性の度合いを示すもの)は非常に狭い範囲内に保たれています。
血液がそう簡単に酸性やアルカリ性に偏っては大変です。そうならないように、呼吸などによってうまく調整がされているので健康な状態では問題が起こらないのです。
糖尿病性ケトアシドーシスは、血液中にブドウ糖が溢れているのに体はインスリンが働かないせいでそれをエネルギーとして使えない異常事態です。インスリンがちゃんと作用している状態でケトン体が増加するのと同じに考えてはいけないのです。
ケトン体の臓器保護効果はすごい!!
二十数年前、私が大学生だった頃はテキストに「ケトン体は危険」というようなことが書かれていたのを覚えています。飢餓時やケトアシドーシスの時にはケトン体が増えるから…かもしれません。
しかし近年の研究で、ケトン体が糖尿病腎症の改善に有効である可能性、糖尿病薬のSGLT2阻害剤が心血管系の病気を減らす原因のひとつはケトン体の増加によるものである可能性などが示され、ケトン体は決して「悪者」ではないという認識になりました。
先ほど、私が大学生の時にはテキストにケトン体がネガティブに書かれていたことをお話しましたが、つい最近書店で臨床栄養学の雑誌を手に取ったところ、ケトン体の健康への効果についてかなり好意的に紹介されたページを見つけて隔世の感がありました。
初めは「ケトン体は危険かもしれないので、ケトン体が増加しない程度のゆるやかな糖質制限しか患者にはやらせない」というお考えだった山田悟先生も、ここ数年でかなりケトン体への評価が変わりました。
ただし、ごく稀とはいえケトン体がうまく利用できない病気の患者さんやその保因者の方がいらっしゃるのは事実。またケトン体増加そのものが危険ではなくても、ケトン体が増加するほどの糖質制限で低血糖になりやすい患者さんもいらっしゃるので慎重にならなければいけないのは確かです。
だから一般的にはまだまだ「ゆるやかな糖質制限がおすすめです」と無難なことを言うしかないのかもしれませんね。難病の方に何かあっては困りますし、糖質たっぷりの食生活よりはロカボのほうがいくらかマシですから。
しかし、そのような病気(の保因者)である可能性が極めて低いと思われる方で自分の健康状態をきちんと自分で観察し、主治医任せではなく健康を自主管理できる方はケトン体の健康への良い効果を享受できると思いますよ♪
もっともっとケトン体についていろいろ分かってくるといいですね!
そうね。楽しみね♪